リンディ・ハラオウンの日常

アースラのブリッジ
リンディはエイミィの持ってきた湯飲みのお茶を見つめている。
一緒に持ってこられたのは角砂糖とミルクポット。
湯飲みを引き寄せゆっくりと角砂糖を一個づつ入れていく。
周りから見れば何時もの日常・・・。
そんな日常は前には無かった。
そう貴方に教えられるまでは・・・。



暖かな日差しの射す中、リンディとクライドは軽い昼食を取る為に最寄の店に向かって歩いていた。
久々のクライドの休日、
「たまには外にでも出ないと体に悪いわよ」
と半ば強引に連れ出したのだ。
結婚してもう大分経つ。
何時も食事はリンディが作るのだが今日は何となく外で食べようという気分になった。
息子のクロノはクライドの上司のグレアム提督の使い魔の二人に預けてきた。
クライドはクロノも連れて行こうと言ったのだが今日は二人で出かけたかったのだ。
何が原因かはわからない。
ただリンディはそんな気分だったのだ。
部屋からそんなに離れていないリンディ行きつけの店まで
リンディはクライドの手を引きながら歩く。
「ほらぁ早く、クライド」
「時間が経つのなんてすぐなんだから」
クライドはそんなリンディを見つめながら何時もの優しい笑顔でリンディを見つめる。
何時も見ているクライドの笑顔だったがこの時だけは
なぜか感じが違った。
「何だろう?」
少し考えたが改めて真っ直ぐに見つめられると何か照れる。
顔が火照ってくるの感じ自分から目を逸らした。
気が付くともう店は目の前であった。


店の中の客は疎らであった。
空いている窓際の席に向かい合って腰を下ろす。
テーブルの隅に置かれているメニューに手を伸ばす。
「何にしようかしら〜?」
向かいに座っているクライドとメニューを交互に見ながら
聞こえるように呟く。
クライドはメニューには別段興味も無い様で窓の外を眺めている。
「私、ケーキセットでストレートティー、クライドは?」
返事はない。
「クライド?」
ぼーっと外を眺めているクライド。
まるでリンディの声が聞こえていない。
再度声を掛けるが変らずに反応はない。
流石にリンディも声のトーンを上げる
「ク・ラ・イ・ド・く・ん!」
少し後れてゆっくりとリンディの方に顔を向けるクライド。
「ん、あぁご免・・・ちょっと考え事をしていた」

考え事。
多分今担当している任務の事だろうお推測はできていた。
クライドが担当している任務の事は本人から聞いていた。
散々わがままを言って困らせた結果聞いた事だった。
「闇の書」
その特性から禁断の魔道書と称されるロストロギア
その探索がクライドの任務だった。
その忙しい任務の合間を裂いてのつかの間の休息。
リンディにとって久々に二人っきりで会える一日。
明日になったらまた任務に戻ってしまうクライド。
この瞬間だけは任務の事を忘れて私だけを見ていて欲しかった。
それでもクライドの優しさには感謝している。
今日もリンディの為にグレアム提督に無理を言って休みを貰っている。
提督の使い魔のアリアとロッテが教えてくれた。


「やっぱり今日は迷惑だった?」
少しはしゃぎすぎたかと思いクライドに問いかける。
「いや・・・大丈夫、僕はコレで」
メニューを指で指しながらニッコリ笑い返すクライド。
丁度オーダーを取りに来たウェイトレスにそう告げる。
オーダーを受けたウェイトレスが下がるのを確認してからクライドはゆっくりと口を開く。


「すまない、せっかく誘ってくれたのに・・・」
「自分でも分かってるんだがアレの事を考えてしまう」
テーブルの上で指を組み視線をさげる。
「最近やっと本の所在が特定できそうだったんだが・・・」

闇の書の座標の特定。
つい最近数々の犠牲を払いかなり近い座標まで特定したとの事だった。
クライド自身もかなり危ない橋を渡った末の特定だったのだが逃した。
一度エスティア共々傷だらけで帰ってきた事があった。
あの時リンディは必死に頼んだ「こんな危険な任務はやめて」と。
しかしクライドは首を横に振った。
「誰かがやらなきゃいけない。もし僕が断ったら別な誰かに重荷がいく」
「僕の番で何とか出来るならそれに越した事はない。背負うのは僕でおわりにしたい」と。
この事を聞いたあとリンディ自らグレアム提督に直談判してクライドの任務の助力を申し出た。
クライドの重荷を少しでも減らしたかった、力になりたかった一身からの申し出であった。
そして見つけた。リンディの助力もあっての発見であった。
だからこそクライドはリンディに対して申し訳なかった。
「リンディ、すまなかった。せっかく見つかりそうだったんだが」
そう言い視線を上げるクライドにリンディは答える。
「クライド、その事はもう言わない約束でしょ」
「一度見つかったならまた見つかるわよ。レティも手伝ってくれてるし」
「ねっ」
クライドに向かい笑顔で答えるリンディ。
今までどんな時もそうだった。
この笑顔がクライドにとっての最大の安らぎ、
どんな辛い事があってもリンディの笑顔を見ると安心する。
「そうだな」
小さく返す。
「リンディが言うと本当にスグ見つかりそうだから不思議だな」
心配をさせないように言葉を選んで返す。
口下手なクライドの精一杯。


「おまたせしました〜」
ウエィトレスが注文したメニューをテーブルに並べる。
ケーキセットとグラスに入った飲み物。
「クライド、何をたのんだの?」
先ほどクライドがメニューを指した時は確認できなかったが
どうやらリンディが頼んだ事のないドリンクらしい。
そんなリンディに答えるクライド。
「ん、緑茶」
と言い中身を見せる。

「お茶?」
リンディでもお茶ぐらいは分かる。
ただ何故ここに来てまでお茶を頼むのかが分からなかった。
「クライド何もわざわざここに来てまでお茶を頼まなくても」
不思議そうな顔するリンディを見ながら
クライドが続ける。
「リンディも飲んでみない?エスティアでは何時も飲んでるんだ」
「クルーの女の子には変な顔されるけど・・・」
そういいながらクライドはテーブルの上の角砂糖を入れる。
「!!!」
驚きの表情でクライドの手元を凝視するリンディを横目に
1個、2個、3個。
更にミルクポットのミルクを大量に入れてかき混ぜる。
そしてグラスに口を付け一口、二口飲む。
目が点になっているリンディ。
「クライド・・・それって・・・おいしいの?」
恐る恐る問いかけるリンディに。
「おいしいけど」と返すクライド。
そのままリンディの前にグラスを置き
「まあ、試しに飲んでみる?気に入るおおもうけど」
目の前に置かれるグラスその中の乳白色の緑色の液体。
今までおそらく飲んだ事のない飲み物。
テーブルの向こうでは子供のような屈託のない笑顔でクライドが微笑んでいる。
リンディは覚悟を決めてグラスを持つ。
見えないほうが覚悟できると思い目を閉じて、ゆっくりとグラスを唇に近づける。
子供の頃に苦い薬を飲まされるような恐怖感。
だが後一歩が踏み出せない。

そして最後の一歩を踏み出そうとしたその時・・・。

ピピッ・ピピッ・ピピッ

携帯電話が鳴る。確かこの着信音はクライドの。
「クライド・ハラオウンだ」
閉じた目蓋をゆっくりと開けるとクライドは電話を取るところだった。
リンディは、「フーッ」と軽く息を吐く。
「クライドのお勧めでも流石にコレは飲めないかな」
「電話している時に飲んだ事にしておこうかな」と考えていると
電話に出ているクライドの顔が険しく変化する。
手短に二言三言返事をすると
「うん、わかった今すぐ戻る」と通話を終える。

クライドから聞かなくても直感的に理解する。
「闇の書」が見つかったのだろう。
ソレはこの楽しい時間の終わりを告げる事実。

「リ・・・」
クライドが口を開こうとするより早く告げる。
「クライド行ってらっしゃい」
「あの任務は貴方でなけれ出来ない任務ですもの」
「任務が終わったら今度は3人できましょうね・・・」
申し訳なさそうな顔のクライド微笑みかける。
心配だった。
私は今、ちゃんと微笑んでいるのだろうか?
クライドに心配をかけないように。

クライドは椅子から立ち上がりリンディの元に歩み寄る。
「すまない何時も心配ばかりをかけてしまう」
「絶対に無事に戻る。今度はクロノも連れてこないとな」
「あ〜、リーゼ達も連れてこないと今日の事もあるし何を言われるかわからないか」

同時に二人から笑みがこぼれる。

どちらからともなくゆっくりと近寄る。
「いってらっしゃいクライド」
軽く触れる唇。
ほんの数秒の挨拶。
そして何よりも大切な大切な・・・。



数日後・・・


エスティア艦内


警告音が艦内に響き渡る。
闇の書の暴走でエスティアの航行が不能。。
そのため既に私以外の乗員は退避している。
最後の通信も済ませた。グレアム提督は適切な判断をくだすだろう。
後数十秒、エスティアと一緒と言うのも悪くない。不思議と恐怖は感じなかった。
壁にもたれ手に持ったモノに目をやる。
そこには最後に一緒に撮った写真。

リンディ・・・
最後に通信で話をした時はアノお茶の事を絶賛してたな。
「帰ってきたら私が貴方の分まで淹れてあげるからね」
なんて言っていたな・・・。
思わず笑みがこぼれる。
もっと早くに教えてあげていたら二人一緒に飲めたか・・・。

「リンディ約束守れなくてご免・・・」
「クロノを宜しく頼む」

クロノ・・・
願わくば僕と同じ道を歩かないでくれ。
お前にもし何かあったらリンディが一人になってしまうから。
でも、言っても聞かないだろうな。
なら強くなってくれ。リンディを守ってやってくれ。
「クライド・ハラオウンの息子よ」

ブリッジからアルカンシェルが展開されるのが見える。
光が大きく広がる。
そして放たれる閃光。


リンデイ・・・クロノ・・・もう一度会いたかった・・・
何時でも見守っている・・・


そして訪れる静寂